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南部梅林、芳香光風
〜 2007年、和歌山訪問記 〜

2007年2月、日本一の梅の産地、和歌山県の中でも有数の規模を誇る、南部(みなべ)梅林の梅を見に行ってきました。
穏やかな早春の空と風の下、丘陵にたおやかに展開する梅園の風景に酔いました。

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ページ設置:2007年7月23日


※この地域文は「2部構成」です。

南部梅林、芳香光風     和歌山ノスタルジー


I. 南部梅林、芳香光風

南部梅林に包まれて

 芳香光風、「ほうかこうふう」とお読みくださいますと幸いです。この言葉は私の造語でして、かぐわしい香りがさわやかな風に漂ってくる雰囲気を表現したものです。早春の南部梅林は、そんなさわやかさにまさに包まれていました。和歌山県は日本一の梅の産地です。2006(平成18)年の全国の梅の生産量は約11万9,800トンで、和歌山県はうち6万7,100トンを占めダントツの生産量一位です。全国生産量に占める割合は約56%、第二位の群馬県(シェア7.0%)を大きく引き離す、圧倒的な一大産地です。栽培面積も国内で卓越していまして、全国の栽培面積(約18,000ヘクタール)のうち和歌山県は5,030ヘクタールで、シェアは約3割です。栽培面積の全国比率が生産量のそれより少ないことは、単に栽培面積・収穫量で他を凌駕するだけでなく、単位面積当たりの収量においても他産地を寄せ付けない栽培実績を誇っていることを示しています。

 高速バスで早朝の新宮に到着後、JR紀勢本線の特急と普通列車を乗り継いで、南部に入りました。梅の時期には駅前から梅林行きのバスが発着しています。高速道路の建設が進むみなべインターチェンジ付近を通過し、南部梅林と呼ばれる梅園が広がる晩稲(おしね)地区へ。「一目百万、香り十里」と称される南部梅林は、紀州徳川藩の支藩であった田辺藩主安藤帯刀が地形的に田畑が狭く重い年貢に苦しんでいた農民の救済のために、野生の梅(“やぶ梅”)の栽培に努めたことから始まりました。近代以降の成長期、第二次世界大戦後の農業復興期にも、品種改良等のたゆまぬ努力が続けられ、現在和歌山の代表的な梅干の高級ブランドとなっている「南高梅」が広まるにつれて、梅の特産地としての地位は不動のものになっていきました。多くの品種から選抜された「高田梅」の名と、品種改良に尽力した南部高等学校(通称:南高)に敬意を表し、「南高梅」と命名されたことはよく知られています。

みかへり坂

「みかへり坂」(梅林入口)
(和歌山県みなべ町晩稲、2007.2.17撮影)
南部梅林

南部梅林、観賞用の紅梅も咲く
(和歌山県みなべ町晩稲、2007.2.17撮影)
南部梅林

南部中心部から太平洋を望む
(和歌山県みなべ町晩稲、2007.2.17撮影)
南部梅林

南部梅林、たおやかな丘陵風景
(和歌山県みなべ町晩稲、2007.2.17撮影)

 梅林の入口のアーチの下には「みかへり坂」と刻まれた石碑が佇みます。「みかへり坂」は、ここから梅林を見下ろす香雲丘展望台付近まで至る梅林のメインコースの傾斜の名前です。1925(大正15)年に、坂道がきつく、かつ狭いために通行に難渋していた坂の傾斜を緩やかにする工事が地元の有力者により完成しました。完成記念の観梅の席に招待された紀州徳川家第15代藩主で貴族院議員を勤めていた徳川頼倫が見事な梅林にいたく感動し、この散策ルートを「みかへり坂」と命名されたといいます。先人の努力で整備された散策路を、周辺の穏やかな丘陵の風景を楽しみながら、歩みました。

梅林に光風は吹きわたる・・・

 南部梅林では、梅の実を採る白梅の花が主役です。南に開いた滑らかな丘陵にはたくさんの梅の木が植栽されていまして、春の穏やかな空気の中、小さな白い花のひとつひとつが春のみずみずしさを受け止めて、しっとりとした風合いを見せています。観賞用の紅梅なども植えられて、気品ある輝きを見せる中にあって、大地をゆったりと春色に染め上げる白い梅の花のヴェールのようなやさしさは、南部梅林ならではの風景ではないかと思われました。丸みを帯びた丘の重なりや、谷間に立ち並ぶ落ち着いた雰囲気の集落の家並み、自然豊かな森や木々の常緑、そして梅園の向こうに鏡のように静かにたゆたう南部湾の水面・・・・。やわらかな南部の風景は、軽やかに吹き行く春風にあたたかく包み込まれて、梅の里の早春が慎ましやかに彩られていきます。

 梅林を見下ろす景勝地、香雲丘展望台からは、梅林を楽しむことのできる散策コースが整備されています。A、B、Cの3つのコースがあり、一番距離のあるAコースは全長およそ4キロメートル。BやCのコースはAに比べると距離が短くなっています。私は梅林を満喫しようと、迷わずAコースを選択しました。梅の木が植えられた丘陵の小規模な谷間を迂回するように、コースは進んできます。散策路といっても、観光客が歩くため専用の道路ではなくて、農家の皆様などが農作業等で利用されている一般農道を、梅林を楽しめるようにつないで、散策コースとして設定したものであるようです。そのため、農作業中の軽トラックなども通過していきます。散策の際は、地元の農作業車両の通行を優先して、散策者は道を譲るのがマナーだと思います。花はやがて梅として結実します。冬から早春にかけては、その実が十分な量つくように、枝の剪定作業や暴風対策、そして花が咲いた後は受粉作業(ミツバチを利用することが多いようです)などの作業が重要であるといいます。梅の花の純白の美しさは、こうした1年ごとに繰り返される農作業の一瞬が切り取られた結晶であるといえるのかもしれません。

南部梅林

南部梅林と周辺の農村風景
(和歌山県みなべ町晩稲、2007.2.17撮影)
南部梅林

梅林の散策ルート
(和歌山県みなべ町晩稲、2007.2.17撮影)
南部梅林

香雲丘展望台付近
(和歌山県みなべ町晩稲、2007.2.17撮影)
南部梅林

梅の花
(和歌山県みなべ町晩稲、2007.2.17撮影)

 梅の木の下に帯状にたたまれた青いシート状の網がたくさん置いてあるのも南部梅林の特徴です。この青いネットは、梅の収穫には欠かせないものです。完熟して自然落下した実を収穫するため、傷つかないように、また虫などがつかないように、青いネットで地面を覆い、落ちてきた梅の実を保護するのだそうです。また、夏の暑い時期などに十分に灌水を行うためのスプリンクラーがあったり、収穫した梅や剪定した枝の束などを効率よく運び出すために斜面にレールを敷設して、レール上にエンジンで動く荷台を設置していたりと、梅の集約的な栽培が行われている土地ならではの風景もまた確認することができました。

 春ののびやかな風景と、染み出るような温もりをとけこませた大地、風、水、空を感じながら、梅林を埋める梅の花を楽しみました。菜の花やホトケノザ、ナズナなどの春の草花もうるおいある春の光景を演出しています。遠くに輝く海は早春の佇まいそのままに凪いで、ゆったりと訪れた春をかたちづくっているように感じられます。

南部梅林

斜面につけられたレール設備
(和歌山県みなべ町晩稲、2007.2.17撮影)
南部梅林

梅林と丘陵、梅を保護する青いネット
(和歌山県みなべ町晩稲、2007.2.17撮影)

 南部梅林には、梅の栽培に精魂をこめてきた地域の歩みがそのまま詰まっています。一般的な観賞用の梅が育てられた庭園にある梅と比較しますと、やや粗野な風貌を感じる方もあるいはあるかもしれません。しかしながら、南部梅林は作物としての梅を栽培するために整えられてきた梅林であり、そこにある事物のすべては極上の梅をつくりあげるために、地域がたくさんの努力と工夫を重ねてきた叡智であることを念頭に起きますと、のびやかな美しい田園風景、穏やかな農村集落風景のたおやかさともあいまって、南部梅林の輝かしさや美しさがいっそう実感として胸に響いてくるように感じられてまいります。 南部梅林の梅の花と、その美しさにこめられた多くのもの、そして何より梅をめぐる豊かな農村景観のすばらしさをいっぱいに感じながら、南部の地を後にしました。



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