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りょうもうWalker
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#23 桐生川上流と足利市北部の山並み ~足尾山地の只中の緑を歩く~ 2021年5月7日は、桐生市北端の根本山に源を発し、桐生市域を南流しながら、足利市との境で渡良瀬川に注ぐ桐生川の上流域をへと足を伸ばしました。桐生市北部一帯を占める梅田町のエリアに当たる山並みは、まさに満開を迎えていた藤の花がここかしこにしなやかな藤色を迸らせていました。桐生川ダムのさらに上流にある「梅田ふるさとセンター」あたりから、係留となっている桐生川の流れに沿って進みます。
桐生川の上流は、秋には黄葉の名所としてしばしば紹介されます。そのため、初夏の時季は新緑もまた美しいエリアです。川面に垂れ下がるようにして、楓の木々が若い葉を繁らせている風景は、この季節にしか味わうことのできない、鮮烈な輝きに満ちています。桐生川の流れ自体もとても清冽な印象で、わずかに青色を呈する水面が、よりいっそう新緑のしなやかさを際立たせます。千代渕と千代の滝や、蛇留渕と山境坊といった、梅田の民話とも結びついた景勝地をめぐりながら、美しい新緑やエゴの花の咲く渓谷を進んでいきます。旅館も立地する最奥の集落まで至りますと、緑はさらにその濃さを増して、初夏から盛夏へとつながる生命の営みの粋を感じさせているようでした。 渡良瀬川の流域と、その東側のなだらかな山稜は、足尾山地と呼ばれます。海洋プレートが大陸プレートに沈み込む位置にある日本列島は、その海洋プレート上の堆積物が大陸プレートに沈み込む際に剥ぎ取られて、大陸側に押しつけられた「付加体」と呼ばれる山塊に由来します。海洋プランクトンである放散虫などの死骸が堆積してできたチャートが広く分布しているのもそうした地質的な背景を物語っています。西部が渡良瀬川の河谷となって周囲の山々の標高は高い一方、東側は前述のとおり、緩やかに傾斜して関東平野の縁辺に接続しています。そうした背景を持つ山々や河川は、穏やかに屹立、浸食を行いながら、豊かな自然を育んできました。
翌5月8日は、足利市北部の山並みを歩きました。東武足利市駅前から、足利市の公共バスを利用し、入名草バス停へ。初夏の雲ひとつ無い晴天の下、森の木々は鮮やかな若緑色の新緑で溢れていまして、藤の花や野薔薇の花も極上の輝きを青い空に返していました。しばらく車道である県道に沿って進みますと、やがて「関東ふれあいの道」と書かれた案内板に行き着きました。ここから名草厳島神社の鳥居をくぐり、丘陵の中へと歩を進めます。関東ふれあいの道は。関東地方一都六県をつなぐように設けられた散策路で、山中や里山など、さまざまな特色のある地域をめぐるように設定された散策路です。この名草では、この入名草から行道山浄因寺までの、主に尾根筋を進むハイキングコースが「山なみのみち」として指定され、整備されています。この山なみの道へと進む前に、巨石群で知られる名草厳島神社へと立ち寄りました。 名草厳島神社は、弘法大師によって勧請されたと伝わる古社で、江戸時代中期には別当である金蔵院によって巨石の上に石宮、 後に弁財天像が造立されています。明治期の廃仏毀釈により、 厳島神社となりますが、現在においても「弁天様」として信仰を集めています。社殿が鎮座している名草巨石群は国指定の天然記念物です。花崗岩が特徴的な風化を起こす奇岩で、弁慶の手割り石など、多くの巨岩が森の中に点在します。神社への参詣後、再び参道となる山道を戻り、入名草へ続く帰路の手前から分岐する「山なみのみち」へと歩を進めました。
足尾山地南端の山々は、尾根筋を進みながらも、随所に勾配のきつい部分があって、どちらかというと健脚向けのハイキングコースです。途中、車道と交差する藤阪峠と馬打峠を越えて、新緑が目に鮮やかな山林の中を汗をかきながら歩きました。およそ8.5キロメートルの山道はまさに険しいアップダウンの連続で、やっとのことでゴールの行道山浄因寺へと辿り着きました。行道山からも市のバスが連絡していまして、初夏の温かい日差しを日影で避けながら、バスの到着をしばし待ちました。 |
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