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関東の諸都市・地域を歩く
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#93 千葉県の桜を訪ねる(後) 〜茂原から東金をめぐる〜 2015年4月3日、千葉県茂原市真間周辺の桜を概観した私は、その後京成線を千葉方面へ進み、千葉駅で外房線へ、九十九里平野の南端に近い茂原市へと向かいました。茂原市は人口約8万8千人。茂原市を中心とする長生郡の諸地域を経済圏にする都市です。外房線は総武快速線を介して横須賀線と直通運転を行っており、千葉市や東京方面への通勤圏にも入る立地となっています。駅前に屹立する商業施設南総サンヴェルプラザを中心に集積する駅前の様子を確認しながら、南口のロータリーを右折し散策をスタートさせました。駅前のモニュメントは、関東地方でも有数の規模で知られる茂原七夕をイメージしたものであるようでした。
高架化された外房線の鉄路に沿うように進む市道沿いは低層のビル群が集積していまして、地方中心都市としての中心性を感じさせます。高師交差点を過ぎ、次の信号機のある交差点で南北に貫通しているルートが昔ながらの街道筋で、この道路と国道128号とが交差する一帯が、茂原における伝統的な市街地であるようです。道路沿いには歩道に張り出すように屋根を設けている商店もあり、長生地域における在郷町として栄えてきた歴史を思わせました。十字路ではなく互い違いに連接する路地や、九十九里平野や外房方面などへ市街地から放射状に伸びていく街路構造は近世以来のもののようで、近代以降形成された茂原駅前の新市街地と好対照をなしていました。古い町屋造の建物も残る旧市街地を西へ進みますと、「天の川」の愛称が付けられた豊田川に至ります。土手にはソメイヨシノが満開の花を付けていまして、春らしい小川の風景をたおやかなものにしていました。 茂原交差点を北へ、片側2車線へと幅員を増した国道128号を進みます。郊外のロードサイド型店舗が展開するような一帯を構成する一角には市役所のビルも位置しています。道路を挟んだ反対側には、日本さくら名所100選になっている桜の名所・茂原公園があります。弁天湖を中心とした園内にはソメイヨシノを中心に約2,850本の桜が植えられていまして、芽吹き始めた新芽の淡い緑と美しいコラボレーションを見せていました。小規模な谷筋に集まる湖水という構成は、それが感慨用の溜池として機能していたものではないかとも想像します。湖を見下ろす高台からは、桜色に包まれた公園の向こうに、茂原の町並みを望むことができました。公園の南には、茂原の旧称である藻原を寺名に冠する藻原寺(そうげんじ)があり、多宝塔式の山門は市のランドマークとして認知されています。
近隣の鷲山寺(じゅせんじ)を一瞥後は茂原駅へ戻り、外房線を大網駅まで進んで東金線の列車を待ちました。大網駅周辺は多くの自家用車が駐車されており、都心方面への通勤圏としての趨勢を感じさせました。大網白里市は人口増により2013(平成25)年に単独で町から市へと移行しています。駅から北東に約500メートルいった一帯には大網の旧市街地があって、往時の面影を残していたのが印象的でした。東金市は九十九里平野の中央やや南寄り、山武郡域一帯の中心として茂原と同様に都市基盤を築いてきた町です。明治期の地勢図を確認しますと、房総台地の縁に沿うように南西から北東方向へ続く細長い街村状の町場が形成されていることが見て取れまして、交通の要衝としての側面もあるように感じられる都市構造を持っています。調べてみますと、戦国期の城柵に基づく城下町が町場としての起源であるようで、都市としては比較的古い部類に入る来歴を持つようです。歩道を覆う小規模なアーケード商店街を擁する東金駅は、小ぢんまちとはしながらも瀟洒な印象の駅舎で、地方小都市の玄関口としての気品を感じさせました。 やわらかな林を繁茂させた台地のスカイラインを背景に展開する昔ながらの市街地を歩きますと、程なくして桜の名所として知られる八鶴湖(はっかくこ)へと到達しました。周囲800メートルほどの湖は岸辺にソメイヨシノが植えられていまして、さながら桜の帯が水を囲むような風雅に彩られていました。1614(慶長19)年、徳川家康が鷹狩りにこの地を訪れた際、宿泊所として東金御殿を造営し、農業用水として供されていた谷池(やちいけ)を再整備したものであると伝えられます。池の周囲の丘陵は「鴇ヶ峰(ときがみね、ときがね)」と呼ばれ、これが「東金」の地名へとつながっています。湖の周囲には時代を感じさせる建造物を今に伝える料亭や、本漸寺(ほんぜんじ)や最福寺(さいふくじ)といった古刹が佇みまして、うるおいある庭園のような雅趣を帯びる風景が連続しています。桜の季節以外でも、四季折々に麗しい景観を見せるであろうことは容易に想像されました。
八鶴湖周辺の散策後は東金駅へ戻り、この日の活動を終えました。帰路は成東駅へと出てそのまま千葉駅方面へ進む形で就きました。茂原から大網、東金へと進む列車の車窓からは、なめらかな房総丘陵・台地のシルエットと、そこから九十九里浜へと緩やかに続いていく田園風景とを観察することができました。そうした風景の中に、穏やかな房総の風土を存分に感じ取ることができたように思います。 |
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