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大阪ストーリーズ


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#3 箕面散歩

御堂筋のお話をした直後でいきなり府下の話題になってしまうのですが、今回の大阪訪問(2004.5.1〜5.2)でたいへんお世話になった方にご案内いただいたこともあり、#3と#4の2回にわたり大阪市外の地域をご紹介させていただきたいと思います。

2004年5月2日、阪急梅田駅でその方と待ち合わせし、大阪府北部のまち、箕面(みのお)へ出発しました。関西方面にお住まいでない方にとっては、「みのお」と読むことは難しいかもしれませんね。ちなみに、この箕面市、ローマ字表記をしようとするとちょっとした問題が生じます。3文字目の「お」をどのように扱うかによって、複数の表記が可能だからです。市内の看板でも、その設置主体によって、「minoh(箕面市設置)」、「mino(国・府設置)」、「minoo(箕面温泉前の看板)」、「mino-o(阪急設置)」とそれぞれに異なった表記がなされていました。

阪急宝塚線で石橋駅で箕面線に乗り換え、箕面市域に入って最初の桜井駅で下車します。千里ニュータウン方面からなだらかな丘陵を一つ隔てた、箕面川流域の緩斜面性の台地に、穏やかに佇む商店街は、かつての西国街道に沿って、どこか昔懐かしい雰囲気をもつ町でした。西側に位置する半町(はんじょ)、瀬川地区には、西国街道筋に設置された駅所村を基礎としており、本陣跡地などの旧跡が点在しているのだそうです。駅前を北へ進みます。落ち着いた街並みは、箕面川の流れを越えて、閑静な住宅街へと移り変わっていきます。段丘崖を反映した坂道を歩いていきますと、桜ケ丘地区に至ります。緩やかなカーブを描く街路や、急勾配の屋根やアーチを描く玄関を持つ独特な外観を持つ住宅が配されたこの住宅地は、1922(大正11)年9月21日から11月26日まで、日本建築学会によって「住宅改造博覧会」が行われた場所です。総面積16,500平方メートルの会場には、各種建築業者等から近代的なライフスタイルや和洋折衷のデザイン等を取り入れた住宅25棟をはじめ、当時最新の家具などが出品され、7万人あまりの観覧者が会場を訪れたとされています。閉会後は、出品された住宅はそのまま販売され、一般の住宅地となり現代に至っていますが、博覧会開催当時の「モダン」の雰囲気が随所に残されています。


住宅改造博覧会会場跡

住宅改造博覧会会場跡
(箕面市桜ケ丘二丁目、2004・5・2撮影)
箕面公園通りの景観

箕面公園通りの景観
(箕面市西小路二丁目、2004.5.2撮影)
ジャガイモ、エンドウなどが植わってます

住宅地内に点在する畑
(箕面市桜四丁目付近、2004.5.2撮影)
阪急箕面駅前

阪急箕面駅前
(箕面市箕面一丁目、2004.5.2撮影)

団地北側の市道を東し、丘陵地に開かれた新興住宅地・市街地の中を軽やかに歩きました。北側のスカイラインを形成している緩やかな稜線が、若葉の緑に覆われる景観は、本当に、本当にたおやかで、住宅地の間にはジャガイモやエンドウなどの作物の植えられた畑が点在する風景も認められました。箕面川を再び渡河し、牧落駅北側の踏切で阪急線を越え、市役所のある交差点を北へ進みます。この「箕面公園通り」(府道豊中亀岡線)沿線は、市役所と箕面駅前とを連絡し、住宅地域としての穏やかなテイストは維持しながらも、行政機関や文化施設、商店街なども集積していて、この一帯が、箕面市の顔として、中心的な市街地の機能を備えているようでした。明治の森箕面国定公園に指定される箕面山の丘陵が市街地の間近にまで迫っているのですが、それまでの台地の部分もなめらかなアプローチでもって丘陵に接していますし、何より丘陵そのものがとても丸みを帯びていて、全く圧迫感のようなものを感じさせないのですね。本当に、自然と市街地が“上手に”調和した、和やかな住宅都市であるように思えました。

阪急箕面駅前のロータリーの北側から、箕面温泉まではちょとした土産物店が軒を連ねておりまして、カエデの葉をそのままかりんとうのような生地で包んで揚げた「紅葉の天婦羅」が名物となっているのだそうです。ちなみに、紅葉(イロハモミジ)は箕面市の木に指定されています。箕面温泉への入口の横から、箕面川に沿った遊歩道がつけられています。箕面(大)滝まで繋がってるので、「滝道」と呼ばれているようですね。駅前からはおよそ2.7キロメートル、40分ほどの道程です。滝道は、みずみずしい木々の新緑が本当に鮮やかでしたね。紅葉の時期は、えもいわれぬ鮮やかさを呈するであろうことが容易に想像されます。滝道の一帯は、ニホンザルの生息地としても知られておりまして、この日も数頭のサルを目にしましたね。






瀧安寺

瀧安寺
(箕面市箕面公園、2004.5.2撮影)
箕面(大)滝

箕面(大)滝
(2004.5.2撮影)


箕面山は、古来より修験の地でした。宗派を超えて多くの信仰を集めてきた歴史があります。滝道に接して、瀧安寺(りょうあんじ;りゅうあんじ)の甍が佇みます。650(白雉元)年に、役行者(えんのぎょうじゃ)が箕面寺を建立したのが始まりとされる由緒を持つ寺院です。箕面滝よりさらに箕面山を分け入りますと、勝尾寺(かちおじ;かつおじ)が鎮座しています。727(神亀4)年、善仲・善算が草庵を構え、開成皇子が弥勒寺と名付けました。第6代座主・行巡の時、清和天皇から「勝王寺」の寺号を賜りましたが、弥勒寺側は王を尾の字に控え、以来勝尾寺と号しているものです。

比較的緩やかな山道を歩くこと40分、落差33メートルという大滝、箕面滝が目の前に見えてきました。切り立つような岩壁の間を、轟々と水流が落ちています。穏やかに緑のヴェールをかぶった滝はどこまでも爽やかな印象です。ゴールデンウィークということもあり、多くの人々が訪れていましたね。古から受け継がれてきた修行場も、現代では都市に生きる人々の憩いの場となっているようでした。梅田から電車で30分、さらに40分ほど歩いただけの場所なのです。

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