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東京優景 〜TOKYO “YUKEI”〜

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#46 稲城市散歩 〜多摩川右岸の住宅地域〜 (稲城市)

 2011年11月5日午後2時過ぎ、朝から渋谷から新宿付近まで歩いた後、JR線を乗り継いで南武線の稲城長沼駅へ到着しました。東京都の多摩川南岸、いわゆる多摩丘陵に抱かれるエリアを歩てみたいと思い立っての行動でした。2016年現在では高架化されている同駅も、訪問当時は工事中でした。駅前商店街「ペアリーロード」の名前の由来となっている梨畑が散見される風景を東へ、「葎草橋(りっそうばし)通り」と通称される小路を北東方向へ進みました。

稲城長沼駅前

JR稲城長沼駅前、ペアリーロード商店街
(稲城市東長沼、2011.11.5撮影)
葎草橋通り・大丸用水

葎草橋通り付近の菅堀(大丸用水)
(稲城市東長沼、2011.11.5撮影)
アカシア林

多摩川河畔林(アカシア林)
(稲城市押立、2011.11.5撮影)
稲城遠景

稲城大橋から見た多摩川・稲城市域遠景
(稲城市押立、2011.11.5撮影)
イチョウ並木通り

イチョウ並木通りと菅堀(大丸用水;右側)
(稲城市東長沼、2011.11.5撮影)
大丸用水と梨畑

菅堀(大丸用水)と梨畑の見える風景
(稲城市東長沼、2011.11.5撮影)

 明治期の地勢図を確認いたしますと、JR稲城長沼駅北を東西に貫く旧川崎街道とともに、葎草橋通りに相当する道も描かれていまして、歴史の古い往来であることが分かります。通りに沿うように流れる菅堀(すげぼり、後述の大丸用水の分流の1つ)に架かる橋が通りの名前になっている葎草橋で、1838(天保9)年に石橋に架け替えたとする石碑が建てられています。この橋は藩政期の押立村と長沼村(現在の東長沼にあたる)の境界にもなっていて、交通上の要衝の位置を占めていました。なお、多摩川を挟んだ対岸にも押立の地名がありますとおり、押立村は多摩川の両岸に村域を持っていました。1949(昭和24)年に多摩川南岸の部分は当時の稲城村に編入されています。現在の葎草橋通りは住宅地域の中に梨畑が点在する地域の中を続く小街路となっていて主要道路出会った面影はありません。道路は多摩川に行き当たって渡船が連絡していました。是政橋が1942(昭和17)年に架けられ廃止されるまで、この渡船は地域の足として機能していたようです。

 多摩川河畔のアカシア林を一瞥しながら稲城大橋方向へ戻り、橋上から多摩川の流れと丘陵に向かって展開する稲城市内の街並みを遠望しました。これまで歩いてきた東長沼や押立のある多摩川右岸の低地帯は、元来水田を中心とした農業地域であったようです。この地域を貫流し矢野口地区を経て川崎市多摩区へと流下する大丸(おおまる)用水は、市域西部の大丸地区から多摩川より取水し、地域の灌漑に重要な役割を果たしてきました。丘陵地に抱かれた田園地帯は首都圏近郊のベッドタウンとして都市化がむ一方、丘陵上は日本最大規模の多摩ニュータウンへと変貌していきました。第四文化センター通りと名付けられた街路を南に入り、いちょう並木通りを西へ進みますと、一直線に進む道路にとりつくように蛇行する大丸用水(菅堀)が往時のたおやかさを変わらずに示しているように感じられます。思いのほか清冽に見える流れは、団地の間を通り、梨畑の横を駆け、時に緑地を抜けながら美しいカーブを描いていました。大丸地区会館南で新堀が分流していまして、この付近では現役の水田も認められました。分流点付近には大丸庭園と呼ばれる小公園が整備されています。この付近からJR南多摩駅近くまで、一部親水公園として整えられた用水端の散策を楽しみました。こうして地域の姿を映す用水や水田の風景、そしてそれらを囲むように成長した現在の住宅地域の風景は、地域の今昔をゆるやかに表現していまして、本当に気持ちの良いウォーキングを楽しむことができました。



緑地の間を進む菅堀(大丸用水)
(稲城市大丸付近、2011.11.5撮影)
大丸庭園

大丸用水新堀・菅堀分流点付近、大丸庭園
(稲城市大丸、2011.11.5撮影)
水田

大丸用水近くの水田
(稲城市大丸、2011.11.5撮影)
向陽台団地

向陽台団地の景観
(稲城市向陽台四丁目、2011.11.5撮影)
くじら橋

くじら橋
(稲城市百村、2011.11.5撮影)


京王若葉台駅付近の景観
(川崎市麻生区黒川、2011.11.5撮影)

 南多摩駅からは南の丘陵地帯へ連なるニュータウンエリアへと進みました。光陽台から長峰、若葉台へ至る新興の住宅地域は、1980年代後半より開発・分譲が始められた多摩ニュータウンの中でも新しい開発地域です。丘陵の緑を生かした豊かな自然景観が特徴の団地内には、稲城中央公園や稲城第二公園といった野球場や総合グランド・体育館を備えたスポーツ施設も建設されていまして、丘の上という立地条件を十分に生かした土地利用がなされている点も比較的最近の開発によるものであることを物語っているように感じられます。地域を横断する南多摩尾根幹線は側道のみの共用で本道が建設される部分が広大な空き地として残されているのも目につきました。その広い道路敷地をゆったりとした橋体を持つ歩道橋が上述の2つの公園を連絡しています。その橋の姿からそれは「くじら橋」と命名されていました。

 くじら橋を越え長峰地区を通過しながら、丘陵を刻む三沢川筋へと坂道を降り、三沢川に沿って続く鶴川街道を西へ歩き、多摩ニュータウンの稲城市分の西端に当たる若葉台地区の玄関口である若葉台駅へ到達しました。街道から見ますと、駅前の高層住宅や団地群は高台に屹立しているように見えました。東京近郊のベッドタウンとして宅地化が進む中にあっても、穏やかに田園風景が残り、梨畑が豊かな郊外の景観を演出する稲城市域のフィールドワークは、
歩くたびに新鮮な発見に出会える貴重な時間であったように思います。

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