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東京優景 〜TOKYO “YUKEI”〜

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#7 八王子市街地を行く 〜歴史ある三多摩の中心都市〜(八王子市)

 2008年2月2日、かねてより関心のあった八王子へ、フィールドワークに出かけました。人口は50万を超え、東京都下第一の規模を持つ都市であり、東京都下で最も早く市制施行した(1917(大正6)年9月1日)八王子は、物質的にも歴史的にも多摩地域における中核都市と目されます。古くは中世から戦国期にかけての幾多の変遷を経て、近世は甲州街道の一大宿場町(八王子横山十五宿)として栄え、近代は繊維産業の興隆から成長が持続し、地域を牽引してきた歴史を持つ一方、中核市や特例市の指定を受けないこの町は今、多摩地域の中でどのような位置づけにあるのか、そういった関心もあり、初めてのフィールドワークの実施となりました。中心市街地の北西、八王子市街地が展開する盆地を潤す浅川に望む場所に位置する市役所から散策をスタートさせます。

 東へ開く扇状地状の地形をなして流下する浅川も、市街地あたりではゆったりとした流れとなっていて、中心市街地もほぼ平坦な地形に広がります。穏やかな住宅街から甲州街道(国道20号)へ向けて歩いていきますと、次第に市街地も密度を増し、構想の建物も増えてまいります。八幡町あたりの甲州街道はアーケードを擁する商店街となっていまして、伝統的な商業都市としての重厚性を感じさせます。歩道・車道ともに広く確保されています。商店街を構成する建物の多くは現代の所産と見受けられる一方で、土蔵造りの町屋も改修は加えられているように見受けられるものの、原型を活かす形で残されていまして、近代期における八王子の活気を今に伝えています。

甲州街道

甲州街道(国道20号)の景観
(八王子市八幡町、2008.2.2撮影)
甲州街道

甲州街道、土蔵の見える景観
(八王子市八幡町、2008.2.2撮影)
夢美術館

八王子夢美術館(ビュータワー八王子)前の景観
(八王子市八日町、2008.2.2撮影)
ユーロード

西放射線ユーロードの景観
(八王子市中町、2008.2.2撮影)

 八王子夢美術館が入居する28階建ての超高層ビル「ビュータワー八王子」は、再開発ビルとして2003年7月にオープンした巨大賃貸マンションです。建物の前は街路樹や鉄骨で支えられた透明な屋根のシェルターで整えられており、現代的な景観となっていたのが印象的でした。このあたりからは歩道を覆うアーケードはごく一部のみとなり、高層マンションや中層の雑居ビル、個人商店などが混在する様相を呈するようになり、旧来からの商店街が現代の商業構造への転換のなかで大きく変容を受けたことを物語っているように見えます。

 八日町交差点南東からJR八王子駅へ斜めに貫通する「西放射線ユーロード」は、そんな現代の八王子を象徴する通りです。形状的に対を成す「東放射線アイロード」が駅へ侵入する車両の動線として設計されているのに対し、このユーロードは歩行者専用の道路で、八王子の中心市街地と八王子駅とをなめらかに結びつける要素となっています。ユーロード周辺は新しい店や個性的なショップが多く集積し、また数多くのイベントも開催される、八王子で最も活性化されたまちなみのひとつであるといえるエリアとなっています。そんな人通りの多いユーロードに導かれたJR八王子駅前はデパートやホテルなどがあつまる一大ターミナルとなっていました。駅前のデッキ上にある「八」の字をモチーフにしたカラフルなモニュメントは、織物の町として栄えた八王子の歴史を象徴しているものであるようです。

八王子駅

JR八王寺駅前(北口)
(八王子市旭町、2008.2.2撮影)
八王子駅

JR八王寺駅前のモニュメント
(八王子市旭町、2008.2.2撮影)
甲州街道(国道20号)

甲州街道(国道20号)の景観
(八王子市明神町四丁目付近、2008.2.2撮影)
一里塚址

竹の鼻一里塚址前、旧甲州街道
(八王子市新町、2008.2.2撮影)

 駅前に設置された駅周辺の地図に、「竹の鼻の一里塚跡」と記載された一角を見つけ、その場所(新町)に向かうこととしました。東放射線アイロードを進み、地下駅となっている京王八王子駅前を一瞥し、中高層のビルによって充填されている甲州街道を横断し、その場所へと向かいました。地図にあった場所は現在は「竹の花公園」として整備されていまして、その一角に「史蹟一里塚址」と刻まれた石碑が建てられていました。かつて一里塚が設置されていたというこの場所は、江戸方面から八王子宿に入る入口にあたり、公園に南接する道路(市立五中交差点から西へ入る街路)はかつての甲州街道筋であったそうです。甲州街道は公園の西で鉤の手となって直角に南へ折れて、現在の国道20号のルートへとつながっていました。先に触れた「八王子横山十五宿」は、現在の新町に相当する「十王堂宿」に加え、横山宿、八日市宿、本宿、八幡宿、八木宿、子安宿、馬乗宿、小門宿、本郷宿、上野(上野原)宿、横町、寺町、久保宿、嶋坊(嶋野坊)宿の15の宿場町が軒を連ねる一大宿場町であったことを示していまして、呼称の中に「横山」が入るのは、横山宿が本陣を擁し、規模の大きい町場であったからであるようです。上記町場の名前は、一部現在の住居表示に面影を残しているのが印象的です。

 市役所への帰路は、甲州街道(国道20号)より北を東西に走る通りを行き、かつて市役所が立地していたという「いちょうホール」の前を通り、さらに北の「北大通り」を経由しながら、穏やかな市街化が展開する地域を進みました。近世より高度な都市集積を示し、近代以降は絹織物の産地・集積地として都市基盤を強化しながら今日の大都市へと成長した八王子は今、立川など近隣の都市との競合が激化する様相を見せ、相対的に中心機能の分散化にさらされているとの指摘も各所で散見されます。しかしながら、そうした見方があるのも、裏を返せば八王子がまちとしての強みを相応に持ち続けてきたことの証左であるともいえるのかもしれません。桑都(そうと)と美称される八王子は、地域の確たる歴史の中で今後どのような変容を見せ、輝きを放ち続けることとなるのでしょうか。浅川の穏やかな流れは、八王子のそうしたたおやかで、ゆるぎない姿と重なって見えるようでした。

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