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シリーズ・クローズアップ仙台

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#89 あすと長町から土樋へ 〜大規模開発地から広瀬川沿いを歩く〜

 2014年7月21日、前日まで北海道から白神山地までの彷徨を終えていた私は、秋田から新幹線で仙台まで移動し投宿、この日は仙台市内をめぐる予定にしていました。天候は昨日に引き続き良好で、杜の都は夏の青空の下、躍動していました。継続的に再開発が進む仙台駅東口の様子を一瞥しながら、東北線で南へ進み、長町駅東側の旧操車場跡地においてまちづくりが行われている「あすと長町」地区へ向かいました。

JR太子堂駅

JR太子堂駅
(太白区あすと長町三丁目、2014.7.21撮影)
JR太子堂駅前

JR太子堂駅前
(太白区あすと長町三丁目、2014.7.21撮影)
あすと長町大通り

あすと長町大通り
(太白区あすと長町三丁目、2014.7.21撮影)
あすと長町大通り

あすと長町大通り
(太白区あすと長町三丁目、2014.7.21撮影)
あすと長町

あすと長町・イケア仙台店
(太白区あすと長町一丁目、2014.7.21撮影)


ゼビオアリーナ仙台(左)と市立病院(右)
(太白区あすと長町一丁目、2014.7.21撮影)
市立病院付近

あすと長町大通り・市立病院付近
(太白区あすと長町一丁目、2014.7.21撮影)
広瀬橋

広瀬橋
(太白区長町一丁目、2014.7.21撮影)

 2007(平成19)年3月、長町駅と南仙台駅との間に開業した太子堂駅を降り立ち、広大な敷地が広がる地域を歩き始めました。この高架駅の周辺は戸建ての住宅地区があるほか、ドラッグストアやスーパーマーケットの店舗が進出していまして、再開発エリアにおける南の玄関口として少しずつそのファサードが整えられているようでした。地区を南北に貫通する「あすと長町大通り」を軸として、大きく区画された土地にはマンションが徐々に林立し始めていまして、数党のタワーマンションの建設も進んでいく予定であるようです。街開き当初における茫漠とした空閑地が広がる光景はゆっくりと、かつ着実に変化していました。東日本大震災を経て仮設住宅地としても供されていました。復興市営住宅の建設も進んでいます。

 この年の夏のあすと長町のトピックは、7月17日に大型家具量販店の「イケア」がJR長町駅近くに開業したことです。東北地方初となるイケアの出店は、その話題性も相まって、このまた新しい再開発地区に新風を与えているようでした。長町駅の北側のエリアは諸施設の進出がかなり進んでいまして、ゼビオアリーナ仙台などのスポーツ施設のほか、仙台市立病院も移転開院していまして、交流空間として市が整備した「杜の広場」を中心に、ゆったりとした施設配置が行われていることが特徴です。今後予定されるタワーマンションの竣工で一定の人口が張り付くようになれば、さらに多様な商業機能が集積してくるものと思われました。広瀬橋で広瀬川を渡り、河原町から堰場へ、透きとおるような流れが迸る広瀬川を左手に宮沢緑地と呼ばれる河畔を進みました。

広瀬橋から上流を眺める

広瀬橋から上流を眺める
(太白区長町一丁目/若林区河原町二丁目、2014.7.21撮影)
郡山堰

郡山堰
(若林区河原町一丁目、2014.7.21撮影)
愛宕堰を望む

愛宕堰を望む
(若林区石名坂、2014.7.21撮影)
六郷堀・七郷堀

六郷堀・七郷堀
(若林区石名坂、2014.7.21撮影)
昭和市電通りの景観

昭和市電通りの景観
(若林区土樋、2014.7.21撮影)
土樋地区の景観

土樋地区の景観
(若林区土樋、2014.7.21撮影)
愛宕大橋

愛宕橋から愛宕大橋を望む
(太白区越路/若林区土樋、2014.7.21撮影)
姉歯横丁の景観

姉歯横丁の景観
(若林区土樋一丁目、2014.7.21撮影)

 宮沢橋の下を通過し、一つ上流にある愛宕橋下へと歩きます。愛宕橋の近くには、愛宕堰と呼ばれる堰があり、現それは在の若林区の農地を中心に灌漑する七郷堀と六郷堀の取水源となっています。広瀬川に沿って住宅地域を流下する六郷・七郷堀にそって少し歩いた後、堀を渡って土樋(つちとい)地区へ。川に沿って東西に細長く続く地区は、西側は「土樋一丁目」として住居表示される一方、東側は住居表示をなされないままとなっています。土の樋を架け水が流されたことにより、土樋と呼ばれました。地区の東部を縦貫する旧国道4号は1976(昭和51)年まで約50年間市電が走る通りでした。そうした経緯を踏まえ、近年「昭和市電通り」の愛称が選定されたようです。現在は地下を地下鉄南北線が走っていまして、南北の交通軸としての歴史をつないでいます。

 昭和市電通り沿いは建物が多く繁華な印象な街並みも、内側に入りますと閑静な住宅地が続く景観へと移り変わります。旧奥州街道を継承する荒町から愛宕橋へと続く通りは「姉歯(あねは)横丁」と呼ばれます。名前は通りに面して屋敷を構えた人物の名によります。愛宕橋へゆるやかに下る通りは、寺院などもあって、往時の様子を彷彿させる穏やかなものです。愛宕大橋が完成し主要交通路から外れた現在は、そうしたノスタルジックな雰囲気がいっそう色濃くなっているようにも感じられました。


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