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シリーズ・クローズアップ仙台

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#54 東二番丁通を歩く 〜仙台市街地を縦断する一大幹線道路〜
 

 東二番丁通は、仙台の中心市街地を南北に縦断する一大幹線道路です。全線が国道4号に指定されているものの、市民の多くはこの道路を国道番号ではなく、「東二番丁」という昔ながらの名前で呼び習わしていることと思います。南は仙台市立病院前で愛宕上杉通と分かれてから、北は定禅寺通との交点までが「東二番丁通」となります。定禅寺通より北は東二番丁ではなく、「勾当台通」となります。かつては定禅寺通との交差点は丁字路で、現在は直線的につながっている勾当台通とは鉤の手(クランク)になっていました。東二番丁通と勾当台通との間のクランクが解消され、現在のように一直線状につながったのは、1986年のことで、仙台市地下鉄南北線の工事にあわせて、勾当台公園の西端を縦断する形で道路の付け替えが行われたことによるものです。

 東二番丁は片側4車線が確保された大幹線道路であるにもかかわらず、市街地を分断する大きな要素にはなっていないように感じられます。これには、東二番丁が中心市街地のほぼ中央を通過していることで仙台駅周辺と一番町周辺という二大繁華街の動線から程よく離れていることや、それらの間の主要交通路が中央通等など小数に限定されていること、そして東二番丁自体にもゆったりとした歩道が設けられており、道路が顕著なエッジとならないよう工夫が施されていることなどが要因として挙げられ得るのではないかと思います。いずれにいたしましても、仙台市中心部における南北方向の自動車交通流をうまく制御しつつ、市街地における人の流れの妨げにもなっていない東二番丁は、戦後の復興計画における顕著な成功例ではないかと思われます。勾当台公園南、上掲の勾当台通のルート改良時に再開発ビルとして建設されたという「141」のビルを眺めながら、南へと進んできましょう。

タワービル

東二番丁通、タワービル(左)手前に東二番丁スクエア建築中
(青葉区一番町四丁目、2007.9.15撮影)
広瀬通

東二番丁/広瀬通交差点、東方向、アエルを望む
(青葉区一番町四丁目、2007.9.15撮影)
電力ビル前

電力ビル前バス停
(青葉区一番町三丁目、2007.9.15撮影)
電力ビル前

東二番丁通、電力ビル前、南方向
(青葉区一番町三丁目、2007.9.15撮影)

 広瀬通までの区間は、沿線に仙台三越やホテルなど一番町通と連接した商業機能が集積しています。一番町四丁目に立地していた仙台中央警察署は五橋に移転し、跡地には「東二番丁スクエア」と呼ばれるオフィスビルが竣工しているようです(2008年7月)。このエリアにおける高層建築物の先駆け的存在である「仙台第一生命タワービルディング(タワービル);1985年竣工、地上21階建、旧仙台市立病院跡地)」がブルーの美しい壁面を示すほか、東二番丁通を挟んで反対側、本町二丁目には、「仙台本町プロジェクト」として地上18階の高層ビルの建築が進むなど、近年仙台市街地で進行が著しい高層・超高層ビルの建築ラッシュがこのエリアにも及んでいることを示しています。

 広瀬通を横断しますと、一番町通と並ぶ繁華街である中央通のアーケードが間近になって、人通りもぐっと増えてまいります。東二番丁は南北方向の主要交通路となっており、北四番丁で八幡町方面、北六番丁で東仙台方面へとアクセスできることもあって、仙台市北部方面も加えた多くのバス路線が収斂しています。中央通の交差点に程近い「電力ビル前」バス停は、中心市街地最寄であることから、時間を問わず多くの利用客を集めています。中央通の交差点は多くの歩行者が横断する巷となっている一方、青葉通との交差点は地下道の設置に伴い横断歩道が撤去され、歩車分離の対策が採られるなど、歩行者、自動車双方のスムーズな移動に配慮された構造になっているのも特徴的です(青葉通交差点歩道の地下化は当初は交通事故防止が主目的であったようです)。青葉通との交差点の北西角には、「仙台ファーストタワー(2007年7月竣工、地上24階)」が出現し、新たなランドマークとなっています。



東二番丁通/青葉通交差点、東方向
(青葉区一番町三丁目、2007.9.15撮影)
仙台ファーストタワー

仙台ファーストタワー、中央通交差点から南西方向に見る
(青葉区中央二丁目、2008.9.7撮影)


東二番丁通/柳町通交差点、北方向
(青葉区一番町一丁目、2007.9.15撮影)
東二番丁通/愛宕上杉通

東二番丁通/愛宕上杉通合流点、南方向
(青葉区五橋二丁目、2007.9.15撮影)

 青葉通の緑を見ながら地下道をくぐり、南へさらに進みますと、繁華街からはやや離れるため人通りは少なくなる一方、オフィスビルや住居系の建築物が増えてきまして、景観の様相がやや変化してきます。最初に到達する大通りである南町通は、かつての市電通りであったため、戦前から拡幅された大通りでした。仙台駅のバスターミナルに連接する道路であるため、特に東二番丁以東において高密度化が顕著に現れています。駅に近く、また相対的に繁華街から距離を置く位置関係にあり、また東北大学なども立地する穏やかな環境からかつては学生街的な雰囲気も感じられるエリアでした。しかしながら、宮城学院の移転(跡地に超高層ビル「SS30」が建設)を端緒とし、長年校舎を置いてきた東北学院付属中学・高校も小鶴新田に移転するなど、学生街としての色彩はほぼ薄まりつつあります。東北学院の跡地には「仙台トラストシティ」と名づけられた超高層ビルの建築計画が進行していることは既にご紹介しました。東北大学も青葉山への移転計画が本格的になりつつあるようです。五橋方面では1980年代後半あたりから徐々に進行してきた住居系高層ビルの建築が、最近の超高層ビル建設ラッシュの流れを受けて、このエリアでも一気に加速しようとしています。移転してきた仙台中央警察署の周りにも、二棟の超高層マンションが建築、竣工していることもその流れを跡付ける形となっています。

 仙台市立病院前で愛宕上杉通(東五番丁/清水小路)と合流し、巨大な動線となった大通りは、愛宕大橋により広瀬川を越え、太白区方面へとつながっていきます。東二番丁は、戦後の復興計画の中で拡幅された道路であり、戦前は東一番丁などと同様に、ごく狭い道幅の通りでした。高度経済成長を経て現代都市として成長を遂げた仙台市街地にあって、拡幅された道路のうち、青葉通や定禅寺通など現代の「杜の都」の象徴となった街路に対し、東二番丁は一貫して交通・流通面での都市化を牽引し、モータリゼーションの受け皿として十二分の役割を担ってきました。車線の数からも強烈な存在感を示す道路である反面、街を散策する歩行者からの視点ではそれほどまでの印象を与えないこの道路は、今後も仙台市街地の背骨として、変わりない地位を占め続けてゆくこととなるでしょう。


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