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仙境尾瀬・かがやきの時

 
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#15 10月の尾瀬、千変万化の秋の空

 2016年10月10日、徐々に秋から冬へと向かう尾瀬を訪れました。標高が1400メートルほどの尾瀬ヶ原は、10月も中旬にさしかかりますと早朝は気温が0度近くにまで下がる日も現れるようになります。戸倉から鳩待峠までのマイカー規制も例年体育の日のある3連休までであることが多く、この頃を境に尾瀬は冬へとその表情を変えていくこととなります。午前7時過ぎに到着した鳩待峠は、雲の多い晴れの天気の下にありました。雲の間から覗く青空は、秋らしい爽やかさと、冬の入口らしいやや淡い光量とを纏わせていました。


鳩待峠から山ノ鼻へ、晩秋の涼感

 鳩待峠を出発し、尾瀬ヶ原の入口である山ノ鼻へ木道が整備された森の中の道を下っていきます。針葉樹が混交する瑞々しい森は穏やかに色づいていまして、さまざまな種類のカエデが赤や緋色、茜色に色づいていました。道中時折望むことができる至仏山は、水蒸気を豊富に含んだ山肌から靄のような雲をたなびかせていまして、柔らかな朝の光によって少しずつその色を変えようとしていました。ふと上を見上げますと、空の色がその色のテイストを微妙に溶け込ませた雲の質感もあいまって、この上のない透明感をもって目に届きます。秋の空はどこまでもくっきりとしていて、その輪郭すら針のような鋭利さを帯びているように感じられます。

鳩待峠の秋空

鳩待峠、早朝の秋空
至仏山を望む

至仏山を望む(鳩待峠〜山ノ鼻)
森と秋空

森の樹冠越しの空(鳩待峠〜山ノ鼻)
カエデの紅葉

カエデの紅葉(鳩待峠〜山ノ鼻)
湿原と落ち葉

テンマ沢湿原に積もる落ち葉
朝日の森

テンマ沢湿原に朝日が射す(鳩待峠〜山ノ鼻)


 朝露に濡れる鮮やかな木々の紅葉に目を奪われながら、ひんやりとした空気に包まれる森の散策を続けていきます。春は一面の白いミズバショウの園となるテンマ沢の小湿原あたりまで来ますと、ちょうど東の方向から木々の間を抜けて日光が差し込んできます。湿った土に落ち葉が堆積する小さな湿原に、命を吹き込むように光が照射される風景は、ここを訪れる度に新鮮な感動を呼び起こさせてくれます。真っ赤に染まるカエデ、まだ紅葉の過程にある木々の葉の、緑から黄色、茶色といったさまざまな色彩によって装飾された木々の枝の一本一本が豊かに、しなやかにその温かさを受け止めながら、晩秋の風景画を完成させます。この稿では尾瀬ヶ原への導入部となるこの道のりの素晴らしさを幾度となくご紹介して参りましたが、この日もまたその穏やかさは鮮烈で、この島国の大半を覆っているという森が1年のサイクルで日々展開している麗しい情景に立ち会うことができました。

 鳩待峠は標高1590メートルで、およそ200メートルの標高差を山道で下っていく形となります。山道は森の中を緩やかに進み、その歩程は時に静けさがせせらぎによって際立ち、色づいた木の実や常緑を失わない笹の葉の息づかいに心を揺さぶられるものとなります。山ノ鼻は間もなく終わる尾瀬ハイクのシーズンを締めくくるかのように、しめやかな清浄感に満ちた朝を迎えていました。ビジターセンターには、秋を飾るカエデのさまざまな種類や、色づいた木の実をつける木々が、それらの特徴の解説文が付された写真付きでたくさん紹介されていました。地球が太陽の周りを大きく一周するサイクルの中で、日輪から享受する活力を糧として一年を過ごす自然が織りなす、動から静への揺るがない生物の盛衰は、これらのきらめきに溢れた色彩によって大団円を迎えます。それらの明瞭かつ繊細な色調は、早朝のまだ淡い空と空気の中で極上の明暗を持って目の前に広がっていたのでした。

至仏山

山ノ鼻付近から見た至仏山
上田代の草紅葉

上田代の草紅葉
燧ヶ岳を望む

上田代から燧ヶ岳を望む
池塘に映す秋空

池塘に映す秋空
湿原と森

湿原と色づきつつある周囲の森
池塘とヒツジグサ

湿原と池塘、色づくヒツジグサ

 ビジターセンターでいつものように尾瀬ヶ原の情報を確かめた後、草紅葉が成熟しつつある尾瀬ヶ原へと歩を進めました。鳩待峠から山ノ鼻へ向かう道筋で感じた晩秋の涼感は、大地と生命をめぐる数え切れないほどの物語をそっと携えているように心に染み渡りました。



草紅葉の尾瀬ヶ原縦断、空ゆく雲の変幻

 尾瀬ヶ原を山ノ鼻から竜宮、そして見晴へと縦断します。茫漠とした湿原は朝の静かさの中でゆっくりとその輝きを取り戻そうとしていました。西の空にたおやかな屏風絵のように立つ至仏山は依然として水分を多分に含ませた雲をそのスカイラインに伴っていまして、秋色に衣替えした山容を見せていました。黄金色のさざなみそのままの湿原は今、朝日を少しずつ、少しずつ受けて、霧の沸き立つシルエットと空との間の空間を自らの色へと染め上げようとしていました。

逆さ燧ヶ岳

逆さ燧ヶ岳
朝日の輝きと池塘

朝日の輝きと池塘
中田代の草紅葉

中田代、徐々に輝きを増す草紅葉
下ノ大堀川と至仏山

下ノ大堀川と至仏山

 鉛色と表現するにはわずかに暗さが心許ない灰白色の雲は、秋色に染みる青空を隠すように、湿原の直上を覆っています。その雲も太陽の光線にだんだんと分解されて、筋雲となり、鯖雲となり、そして爽やかさを随伴した無数のひとひらとなって、秋の情景を構成する要素へと変化していきます。木道を、その見事な湿原の態様と、そのグラデーションを受け継ぐように色づきつつある周辺の山々の修景の中を、快い散策を進めていきます。東にはごつごつとした頂を見せる燧ヶ岳も堂々たる姿を見せています。時間を経るごとにその形を変える秋の雲は、透明感そのものを凝縮したような空の色とともに池塘の水面に映しこませています。そうした水面のきらめき、湿原のまたたきと、森の木々の幹のしなやかさは、筆舌に尽くしがたいほどの風光を迸らせていました。その容貌は圧倒的な美しさを持ちながらも、どこまでも慎ましやかに目の前に広がっていまして、その一時の環境をありのままに受け止めて表現しようとする敬虔さのようなものを漂わせているのがなんとも言わない感慨を誘います。

 湿原は一面草本で覆われる一方で、所々に低木が生育しています。そうした小さな木々も可憐な赤や橙色に紅葉して、尾瀬に彩りを添えています。池塘に浮かぶヒツジグサも一つひとつが豊かな枯れ草色になっていて、周囲の風景と絶妙なバランスを整えています。牛首分岐手前の「逆さ燧」が見える池塘群の景色を眺め、下ノ大堀川を望む眺望スポットへ近づく頃には陽は尾瀬ヶ原の空の上にしっかりと昇ってきていまして、湿原はいっそうその本来の輝度を放って、やはり明瞭そのままの青空の下に広がるようになっていました。至仏山から燧ヶ岳へ、湿原と大空はその間をいっぱいの優美さで埋めて、この年の、この日の、この瞬間の尾瀬の美をつくりあげていました。




下田代の草紅葉
アキノキリンソウ

アキノキリンソウ
ナナカマドの紅葉

湿原とナナカマドの紅葉
見晴と燧ヶ岳

見晴と燧ヶ岳
 
 木道と湿原の間には、エゾリンドウやアキノキリンソウなどの秋の花もわずかに残っていまして、その可憐な端正さを大地に届けていました。沼尻川を渡って拠水林のヴェールを越えて、見晴の手前、下田代の湿原もこの上のないやわらかさと輝かしさをもって、訪れる人を迎えていました。晩秋の尾瀬は、早朝からほんの数時間の経過の中でさまざな光輪を展開させて、豊潤な錦絵を現出させていました。その中でも、秋の空を象徴する多様な雲の表情はとても印象的で、そのガラスのようなクリアさを秘めた千紫万紅は崇高な大地へ捧げるオマージュそのものでした。

 追記:見晴からはいつものように白砂峠を越えて尾瀬沼へ至り、三平峠から大清水へ向かうルートを辿り、晩秋の風景を探勝しました。以下にそれらの場面の一部をご紹介します。

段小屋坂の紅葉

段小屋坂の紅葉
白砂田代

白砂田代を抜ける
沼尻平へ進む

沼尻平へ進む
尾瀬沼

尾瀬沼(沼尻休憩所から)
大江湿原と燧ヶ岳

大江湿原と燧ヶ岳
色づく木々と山並み

色づく木々と山々の風景(三平峠〜大清水)

 
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