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新潟・天地豊穣

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#6 五泉市街地散策 〜チューリップに彩られた小邑〜

 長岡市・悠久山公園を後にして、越後平野の春を彩るチューリップ畑を求め、一路北へ向かいました。目的地は、五泉市の早出川河川敷付近に広がるチューリップ畑です。新潟県は、県花としてチューリップを制定しており、球根栽培が盛んな土地柄でもあるようです。五泉市の中心市街地の北東郊に位置する市役所に自家用車を止め歩き始めた五泉の町は穏やかな春空のもととなってことも相まって開放的な印象でした。町角にはいたるところに色とりどりの花を咲かせたチューリップのプランターや花壇が配されていまして、春らしい雰囲気を一層盛り上げていました。

 市役所周辺は郊外的な色彩が強く、農村的な土地利用が市街化によって徐々に中心市街地近郊の都市的なそれへと変容した町並みが広がります。JR五泉駅へとつながる幹線道路沿いにはロードサイド型の店舗が点在しています。現在の市役所が竣工したのが1981(昭和56)年とのことで、自家用車の普及と都市機能の分散化などが一体となって、市街地化が拡大したことが推測されます(なお、旧市役所は現在の市立図書館の場所にあったとのことです)。吉沢交差点を過ぎますと、小規模ながら歩道に雁木状のアーケードも認められるようになり、町の密度も幾分上昇していきます。たどりついた五泉駅は、平屋建ての簡素なつくりで、駅舎の屋根に大きく掲げられた「JR五泉駅」の看板が、都市の中心駅であることを主張しているように感じられました。周囲には高い建物がほとんど無く、空が広い、のびやかな駅前景観が展開していました。

駅前通り

駅前通り・チューリップがふんだんに
(五泉市駅前一丁目、2008.4.20撮影)
駅前通り

駅前通りの商店街
(五泉市駅前一丁目、2008.4.20撮影)
五泉駅

JR五泉駅
(五泉市駅前一丁目、2008.4.20撮影)
本町

本町・旧家の威容
(五泉市本町一丁目、2008.4.20撮影)

 五泉市は、2006(平成18)年1月1日に、南接する旧村松町との対等合併により新しい「五泉市」として成立しました。阿賀野川支流である早出川の扇状地としての地勢を共有する両市町は、1999(平成11)年まで営業していた蒲原鉄道により結ばれるなど、日常生活上も密接な結びつきを持つ地域を構成していたようです。長岡から五泉へ向かう途上、藩政期を小規模な城下町として過ごした村松の街並みを一瞥しました。鉤の手を擁する都市構造や、穏やかな古い街並みは、城下町ならではの豊かな歴史性を感じさせました。

 一方の五泉については、近世あたりの歴史を調べてみてもめぼしい資料に行き当たることはできず、在郷の中心として一定の中心性を有していたことは分かるものの(一部ホームページでは旧三国街道(新発田通りとも中通りとも呼ばれる)の宿場町を起源としていますが、真偽は不明です)、確たる史実に結び付けるには至りませんでした。五泉が輝きを放つようになるのはむしろ近代以降で、全国的な産地へと成長したニット産業などの興隆により、歴史性では村松と比肩する要素は少ない中で、まちの中心性ではそれを凌駕するようになりました。五泉と村松の関係は、醤油産業の発展により旧城下町の中心性を上回り、最終的には合併で市域に取り込んだ野田と関宿のそれを彷彿とさせます。

本町

本町・雁木の見える町並み
(五泉市本町二丁目、2008.4.20撮影)
本町

本町・旧家前の景観
(五泉市本町一丁目、2008.4.20撮影)
本町

本町の街並み
(五泉市本町五丁目、2008.4.20撮影)
蒲原鉄道

粟島公園内、旧蒲原鉄道車両
(五泉市粟島、2008.4.20撮影)

 JR五泉駅前を発ち、五泉駅前交差点を西し、広い道幅の県道を進んで、五泉における中心市街地をなす本町(ほんちょう)へと入ります。本町一丁目交差点の北西には、寄棟造りの大きな蔵と、薬医門や長大な築地塀を擁する堂々たる旧家が佇んでいます。かつて五泉の庄屋を務めたという吉田家の建物であるようで、五泉が近世以降、一定の中心性を維持していたことを感じさせるに余りある威容を示していました。ここから北へ、五泉のそうした在郷の中心地としての歴史が濃厚に刻まれる、落ち着いた景観が印象的な町並みが連続します。雁木のある商店街、所々に垣間見える土蔵造りの町屋などが、この地域の伝統的な中心街の姿を現出させます。中層の建物は駅前通りよりもこちらのほうがむしろ多いようで、町としての密度もより高いように見受けられます。

 本町三丁目の交差点を過ぎ、県道は緩やかなカーブを描き進みます。雁木を伴う町並みも道路に沿って続いていまして、カーブを介して眺めますと、その丸みを帯びた穏やかな商店街がたいへんたおやかに眺められます。雁木の屋根と建物の屋根とがともに高さを揃えて並び、やわらかな印象を生んでいるようにも感じられます。一部には壁などの腐食が進んでいる建物も存在して、痛々しい様相を呈していたことが少し気になります。昔ながらの懐かしい雰囲気の街並みは、現在各地で観光資源として見直され、一部では多くの観光客を集める事例もあるようで、こうした歴史的な文化資産としての保存・活用も一定の意義があると思います。しかしながら、そのうえでやはり商店街としての機能もまた維持したうえでの展開があってこその「再生」や「まちづくり」であると思うことは、現況では難しいでしょうか。そんなこともまた脳裏に浮かぶ市街地散策となりました。

早出川

早出川と五泉市街地遠景
(五泉市一本杉、2008.4.20撮影)
チューリップ畑

チューリップ畑の景観
(五泉市一本杉、2008.4.20撮影)

 粟島公園に保存されていた旧蒲原鉄道の車両を観ながら市役所へ戻り、早出川の河川敷近くに広がるチューリップ畑へと移動しました。一面の田園地帯に広がる色とりどりのチューリップは、春の日差しをいっぱいに受けて、青空に向かい極上の輝きを見せていました。藩政期から近代、現代にかけて、五泉と村松をめぐる地域の姿は幾多の変遷を経ました。その移り変わりの中で、はるか遠くのびやかな稜線を見せる山々と豊かな水、それらに抱かれた豊穣の大地は変わらず地域を包みこんできました。春の一時、大地を覆うチューリップの鮮烈な色彩は、そんな自然の温かさを象徴しているかのようでした。

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