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関東の諸都市・地域を歩く


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#163 浦和市街地概観 ~変化する駅とその周辺~
 
 2019年8月11日、所要でさいたま市を訪れることがあり、久しぶりにJR浦和駅に降り立ちました。鉄道駅としての拠点性は大宮駅の方が断然分がありますが、長年埼玉県の県都として存立した浦和駅周辺でも再開発が行われており、その姿を大きく変化させています。

浦和駅西口

JR浦和駅西口の風景
(浦和区高砂一丁目、2019.8.11撮影)
伊勢丹浦和店

伊勢丹浦和店
(浦和区高砂一丁目、2019.8.11撮影)
さくら草通り

さくら草通り
(浦和区高砂一丁目、2019.8.11撮影)
さくら草通りの景観

さくら草通りの景観
(浦和区高砂二丁目、2019.8.11撮影)

 浦和における伝統的な中心市街地である、旧中山道浦和宿を繁栄した町に続く西口は、小規模ながらもバスターミナルが設けられて、伊勢丹浦和店や、これに連接する浦和コルソといった大型商業施設が立地して、多くの集客をみせています。浦和がサッカーの町であることもあって、ターミナル周辺にはサッカーボールをモチーフとしたモニュメントなどが配されているのが印象的です。埼玉県庁へと続く通りが自動車交通を含めたメインストリートとなっている他、浦和コルソのフロアを抜けて西へ進む歩行者専用道路「さくら草通り」も、歩きやすいプロムナードとして機能しています。

 JR浦和駅は長らく地上駅で、狭隘な駅施設の都合から「湘南新宿ライン」系統の列車が停車することができない難点がありました。そこで、駅を高架化することによって改良し、湘南新宿ラインも利用できるように工事が進められました。高架化終了に合わせて西口に商業施設もオープンして、駅はより機能的で、現代的なデザインに生まれ変わっていました。東西の自由通路も開通して、それは「浦和サッカーストリート」と呼ばれているようです。東口における再開発も進んで、パルコなどの商業施設が進出、県庁所在都市としての需要に見合った景観が整えられています。

旧中山道

旧中山道の景観
(浦和区高砂二丁目、2019.8.11撮影)
玉蔵院の門前通り

玉蔵院の門前通り
(浦和区高砂二丁目、2019.8.11撮影)
浦和駅西口

JR浦和駅西口
(浦和区高砂一丁目、2019.8.11撮影)
さいたま新都心・けやきひろば

さいたま新都心・けやきひろば
(中央区新都心、2019.8.11撮影)

 さくら草通りを歩いて、旧中山道(国道463号)へと歩を進めます。明治期の地勢図を見ますと、街道に沿っていわゆる街村的な町並みが細長く続いて、その西側に県庁や裁判所などの施設を擁した町並みが広がっていたことが見て取れます。町並みの東に鉄道が開通し駅が設置されてからは、駅を中心とした市街化が進んで、現在のような高密度な市街地が形成されるに至りました。そのような土地利用が卓越する中を歩いていますと、建物の間に古い寺院の山門と、背後の木々とが目に入りました。「門前通り」と刻まれた石柱が立つ通りを進みますと、江戸時代中期建立という四脚門が古めかしい、しなやかな佇まいをみせていました。この玉蔵院(ぎょくぞういん)山門は市指定文化財で、それは市場町として存立する以前は、この寺院の門前町としても栄えた浦和の歴史を象徴する事物の一つであるとのことでした。現代の都会のビル群の中に、これだけの歴史を感じさせる寺院が現存していることは、浦和の町が門前町から宿場(市場)町、そして近代都市へと成長した歴史の、これ以上無い表現であると実感しました。

 歴史を随所に含ませた町並みを概観した後は、現代の県都・さいたま市の中心的な都心エリアであるさいたま新都心へ向かいました。さいたまスーパーアリーナをはじめ、多くの超高層ビルが集積する都市景観にあって、宙空のスペースにケヤキの木がいっぱいに繁茂する「けやきひろば」が重なる風景は、環境と都市との調和を図る現代的な都市づくりの態様の一つとして、その日もしなやかな美観をきらめかせていました。


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