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紺青の海、深碧の森
~襟裳岬から白神山地へ~

 2014年7月19日から20日にかけて、北海道・襟裳岬から青森県西部の十二湖を訪れる旅程をこなしました。真夏の海や森はそれぞれの地域で豊かな色彩を帯びていまして、大自然そして地球の広がりを肌で感じることができました。
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ページ設置:2017年8月19日

えりもの断崖 ~紺青の海に続く岩礁の果て~

 2014年7月19日午前9時過ぎ、羽田を朝一番に出発した飛行機に搭乗し、北海道東部のとかち帯広空港に到着しました。前年に道北から道東を訪れていた私は、その行程の中で、悪天候のために十分な風景を見ることができなかった根釧台地を再訪した影響で目指すことができなかった襟裳岬へ向かうつもりでいました。十勝平野はこの日は道東の夏らしい、どんよりとした空の下にあって、この地域を象徴する広大な畑地も離れるにしたがって乳白色の空と彼方の丘陵との間へ溶け込んでいくように見えました。間もなく収穫を迎える小麦畑をはじめ、美しい花を一面に咲かせるジャガイモや、十勝では多く栽培される甜菜(ビート)などが茫漠と広がる大地を埋め尽くしていました。平野の西に屹立している日高山脈はその厚い雲の壁の向こうにあってその存在を確認することはできません。

十勝平野・小麦畑

十勝平野・小麦畑
(北海道十勝地方、2014.7.19撮影)
十勝平野・ジャガイモの花

十勝平野・ジャガイモの花
(北海道十勝地方、2014.7.19撮影)
十勝平野・甜菜畑

十勝平野・ビート(甜菜)畑の景観
(北海道十勝地方、2014.7.19撮影)
広尾町鉄道記念館

広尾町鉄道記念館(旧広尾駅舎)
(北海道広尾町、2014.7.19撮影)
黄金道路

国道336号・黄金道路の景観
(北海道えりも町、2014.7.19撮影)
襟裳岬へ向かう道道

襟裳岬へ向かう道道から見た砂浜海岸
(北海道えりも町、2014.7.19撮影)

 十勝平野の南端、日高山脈の東側が徐々に海に近づく場所に位置する要衝・広尾の町は霧に包まれていました。帯広から南へ、十勝平野を縦貫してこの町まで到達していた旧国鉄広尾線は1987(昭和62)年に廃線となり、その終着駅であった広尾駅舎は鉄道記念館となり、往時を保存しています。同線には「愛国駅」と「幸福駅」という名前の駅が実在したことから、「愛の国から幸福ゆき」の切符でブームが起きたことでも知られます。時代はモータリゼーションの急速な進展へと堰を切ったように移り変わり、それにより赤字の鉄道路線の多くの命運が絶たれました。北海道においても国鉄末期からJRへの移行期にかけて多くの路線が淘汰され、現在においても現行路線の多くにおいて存廃問題が取りざたされていることは記憶に新しいところです。

 広尾の町を過ぎると、襟裳岬方面へと進む国道336号は、海にそのまま落ち込むような断崖上を進むルートを採ります。この海岸沿いに道路を通すために多額の年月と費用を要したことから、後年この道は「お金を敷き詰めたよう」と形容され、それは「黄金道路」という通称の端緒となりました。近年の道路改良により、現在の道路はトンネルやシェルターの多い区間となっていまして、当地における険しい自然環境を克服してきた歴史を彷彿させています。ところで、既に失われて久しい旧広尾線は、計画ではさらに南進し、やはり廃止問題で揺れる日高本線(高波による線路障害で2017年7月現在も大部分で運休中)を接続する予定でした。道路の建設でさえ、このような難工事の末に完成したことを考えますと、鉄路の完成はさらに困難であったことは容易に想像されます。


襟裳岬

襟裳岬
(北海道えりも町、2014.7.19撮影)
えりも岬集落

えりも岬集落の景観
(北海道えりも町、2014.7.19撮影)
襟裳岬で咲いていた花

襟裳岬近くで咲いていた花
(北海道えりも町、2014.7.19撮影)
襟裳岬の先、海に続く岩礁

襟裳岬の先、海に続く岩礁
(北海道えりも町、2014.7.19撮影)
日高地方の牧場景観

日高地方の牧場景観
(北海道日高地方、2014.7.19撮影)
二十間道路桜並木

二十間道路桜並木
(北海道新ひだか町、2014.7.19撮影)

 黄金道路は多くのトンネルや波しぶきが間近に迫るような海沿いを軽やかに貫通しながら続き、十勝管内から日高管内へと導きました。庶野地区に入るあたりから徐々に視界が開けて、砂浜海岸と海岸段丘の平坦面とがのびやかなシルエットを構成する地形へと移り変わります。国道から道道34号に入り、鈍色の空の彼方に吸い込まれるように連続する海岸線を観ながら、丘陵状の段丘上を進みました。そして、空港を出発しておよそ2時間30分、襟裳岬へとたどり着きました。北海道の中央部に大きく屹立する壁のような日高山脈が海にその身を沈める場所にあるこの岬は、太平洋に突き出した鋭角状の姿とは対照的に、周辺のなだらかな海岸段丘の地形そのままのやわらかな容貌を見せていました。岬の突端の先の海上には沖合まで岩礁が連なっていまして、日高山脈を作り出した営力が南へと引き継がれていることを示しています。空も、海も、依然として鼠色のヴェールを纏っていまして、この最果ての岬を包み込んでいました。海へ大きく張り出す形となり、相対的に平らかな地形となっている襟裳岬は風が通り抜けやすいことから、風が強い場所としても知られています。ハマナスやハマエンドウの花がつかの間の夏を感じさせました。真夏とは思えない涼やかな風に吹かれながら、この場所らしい、この季節の風景をしばし味わいました。

 襟裳岬訪問後は、一路西へ、日高管内をレンタカーで駆け抜けました。過疎化に揺れる地域を走りますと、そうした統計的な現況とは裏腹に、静内や新冠をはじめとした地域の小中心都市群は比較的高い中心性を持った街並みを維持しているように感じられました。西へ向かうにつれてだんだんと晴れ間がのぞくようになり、日高の広大な草原を疾走する駿馬の姿も爽やかに一瞥することができました。



十二湖のきらめき ~深碧の森に佇むコバルト・ブルー~

 北海道の南海岸を疾走した一日は、苫小牧でレンタカーを下りて特急列車で函館へ、そしてそのまま青森駅行きの特急に乗り換えて青森へと進んで終わりました(現在は海峡線は貨物列車や一部の臨時列車を除き北海道新幹線専用となっていまして、在来線としては役割を終えています)。青森駅近くで宿泊した翌7月20日は、前日の曇天とは一転、朝から鮮やかな晴天に恵まれました。青森駅を早朝に発車した観光列車「リゾートしらかみ」の青池編成に乗り込み、世界自然遺産・白神山地方面へと向かいます。

 東北新幹線の延伸に伴い新幹線駅として拠点性の増した新青森駅を過ぎ、列車は青森県西部の津軽平野へと進んでいきます。右側の車窓の外には、広大な水田の先に津軽富士と呼ばれる岩木山の山容をくっきりと望むことができました。夏の青空の下、彼方まで広がる田園はエメラルドグリーンに瞬くようにたゆたい、北国の夏のさわやかな風をさざなみのように表現していました。の所々にりんご畑も認められまして、稲作と果樹栽培がさかんな津軽の地域性を存分に感じられます。列車は五能線の分岐駅である川部駅をいったん通過して津軽地方の中心都市である弘前駅に立ち寄った後、再度川部駅へ向かってさらにそこで方向転換し、五能線へと入っていきます。


青森駅前

JR青森駅前の景観
(青森市柳川一丁目、2014.7.20撮影)
青森駅とベイブリッジ

JR青森駅構内と青森ベイブリッジ
(青森市柳川一丁目、2014.7.20撮影)
岩木山を望む

リゾートしらかみ車窓から岩木山を望む
(青森市浪岡付近、2014.7.20撮影)
りんご畑

りんご畑を望む
(青森県板柳町付近、2014.7.20撮影)
岩木川

岩木川
(青森県五所川原市、2014.7.19撮影)
夏空と水田

夏空と水田の風景
(青森県つがる市木造付近、2014.7.19撮影)

※一部の写真は列車内から撮影しているため、車内の照明等が映り込んでいる場合があります。ご了承ください(以下同様)。 

 夏の津軽平野は水田も、彼方の森も、それ田に抱かれるようにしてある集落の風景も本当に極上の緑色に輝いていまして、豊穣の大地そのままの崇高さを兼ね備えていました。車中から眺める五所川原や木造などの都邑の様子も、平野を潤す岩木川の水面の色合いも、何もかもが夏の青空に美しく装飾されていて、台地を構成するすべての事物がそれぞれの持つストロングポイントを最大限に照らし出されているように目に映ります。しかもそれは決して夏の猛々しさに満ちた華美なものではなくて、あくまでも涼やかさに包まれた清々しさの延長線上に存立しているのでした。

 列車は日本海岸の鯵ヶ沢に差し掛かり、いよいよ車窓の先に日本海の大海原が広がるようになります。海の色は夏空の青に負けないくらいの透明なマリンブルーを呈していまして、空や海岸の岩礁、海の寄り添うように続く道路や田んぼなどと穏やかに寄り添っていました。千畳敷駅では、至近に位置する千畳敷海岸を散策できるように一定の停車時間が設けられていました。1792(寛政4)年に発生した地震で隆起したとされる岩場のような海岸は、奇観という表現そのままの風貌で、夏の清涼感そのままに静穏を保つ海に向かっていました。そして、また違った厳しい姿を見せるであろう、雪雲や吹雪に閉ざされる冬の風景をも想像しました。日本海に沿った美しい車窓からの景観を楽しみながら、深浦の街並みを俯瞰した後、この日の目的地の十二湖駅で下車し、バスで白神山地山麓の景勝地・十二湖周辺へと足を延ばしました。

日本海を望む

日本海を望む
(青森県鰺ヶ沢町付近、2014.7.20撮影)
海岸沿いの水田と海

海岸沿いの水田と海
(青森県深浦町付近、2014.7.20撮影)
千畳敷海岸

千畳敷海岸の景観
(青森県深浦町、2014.7.20撮影)
千畳敷海岸

千畳敷海岸の景観
(青森県深浦町、2014.7.20撮影)
深浦

深浦の街並みを俯瞰
(青森県深浦町、2014.7.20撮影)
鶏頭場の池

鶏頭場の池
(青森県深浦町、2014.7.20撮影)
青池

青池
(青森県深浦町、2014.7.20撮影)
ブナ林

崩山への登山道のブナ林
(青森県深浦町、2014.7.20撮影)

 十二湖は、一部が世界自然遺産の指定を受ける白神山地の西部、ブナ林に囲まれた大小33の湖沼群の総称です。1704(宝永元)年に発生した地震により大規模な山崩れが起きて、その際の崩壊堆積物がこれらの湖を生み出しました。十二湖の名は、一説には崩れ山から見下ろすと十二個の湖が見えることによるものであるとされているようです。午前11時30分過ぎに下車、午後5時過ぎに到着する別編成のリゾートしらかみに乗り込みまでの時間、十二湖周辺の散策を楽しみました。鶏頭場(けとば)の池を左手に見ながら到達した、十二湖のシンボル的存在の青池は、まさに「神秘的な池」そのままのコバルトブルーにきらめく清冽な水を湛えていまして、その美しい湖面に深碧の森をそのまま映していました。

 青池近くの崩山登山口から、ブナ林の広がる山道を分け入りました。藩政期に発生した山体崩壊の跡を彷彿させる斜面はみずみずしい葉をいっぱいに繁らせたブナ林が覆っていまして、見上げるとそれは満点の夜空を埋め尽くす星屑のようなきらめきに満ちているように、心地よく目に届きます。山道は徐々に傾斜を増して、所々には崖下との間のわずかな部分を進まなければならない個所もあって肝を冷やしました。午後1時30分過ぎに、日本海と十二湖、そしてそれらをたおやかに包む森とを一望できる、「大崩」と呼ばれる場所へとたどり着きました。眼下には茶色い山肌が剥き出しの崖があって、この地を襲った山崩れの痕跡を生々しく残していました。日本海から白神山地へと連なる大自然は本当に美しいの一言で、太古よりこの地に根付いてきた生命の鼓動を存分に体感することができる、素晴らしいパノラマを構成していました。


大崩から日本海・十二湖を望む

大崩から日本海と十二湖を望む
(青森県深浦町、2014.7.20撮影)
大崩

大崩の景観
(青森県深浦町、2014.7.20撮影)
ブナ自然林

沸壺の池へ向かう山道(ブナ自然林の道)
(青森県深浦町、2014.7.20撮影)
沸壺の池

沸壺の池
(青森県深浦町、2014.7.20撮影)
白神山地を望む

リゾートしらかみ車窓から白神山地を望む
(秋田県八峰町付近、2014.7.20撮影)
日本海

日本海を望む
(秋田県八峰町付近、2014.7.20撮影)
八郎潟付近

八郎潟付近、虹が出る
(秋田県八郎潟町付近、2014.7.20撮影)
夕日と男鹿半島を望む

水田に沈む夕日、男鹿半島の山並みを望む
(秋田県八郎潟町付近、2014.7.20撮影)

 
足元に十分気を付けながら来た道を戻り、再び青池の吸い込まれそうな水面を観賞した後、このエリアの定番の散策ルートである、沸壷(わきつぼ)の池へと向かうブナ天然林の山道を歩きました。青池と同じように澄み切ったきれいな湖面が印象的なその池は、周りの木々の緑をしなやかに水面に反射させて、緑から青への見事なグラデーションを完成させていました。豊かな自然環境に恵まれた我が国は、その一方で地震や水害といった、時に甚大な被害をもたらす自然災害と隣り合わせとなる歴史を歩んできました。十二湖は自然が持つそうした二面性をありのままに私たちに見せてくれています。青池のきらめきは、自然に畏敬の念をもって接してきた日本の文化性そのものであるようにも思われました。

 十二湖での時間は瞬く間に過ぎて、夕刻になって十二湖駅にやってきたリゾートしらかみの橅編成に乗車し、秋田駅へと向かいました。夕方が近づくにつれて海はさらにその美しさを加えていきます。日本海沿岸から八郎潟付近を経ながら、どこまでも広がる水田がゆたかに夏の夕日に照らされています。太陽が沈む西の彼方には、男鹿半島の山並みも遠望できました。刹那、田んぼをまたぐように虹が架かりました。その七色の光の帯は、襟裳岬から白神山地へ駆け抜けた道すじの中で随所にときめいた、地域の多様な表情そのままの新鮮さを表現していたかのように感じられました。



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